キリストの死後、12使徒は色んな国でキリスト教の布教活動を行いますが、 聖ヤコブが派遣されたのはスペイン(当時スペインという国は存在していませんが)と伝えらえています。 紀元44 登録していただくと、記事にブックマークしたり -サンティアゴ・デ・コンポステーラ, スペイン巡礼, 留学, 観光. 他にもスペインの北側を通る「北の道」、ポルトガルの首都・リスボンから伸びる「ポルトガル人の道」など何本もの巡礼路があります。, ホタテ貝は聖ヤコブのモチーフであり、これを目印にサンティアゴを目指します。また貝を身につけることで、巡礼者であるというシンボルになります。, 巡礼中は、自分が決めた目的地まで歩き、洗濯、シャワー、夜ご飯を済ませ明日へ備える、というのが大きな毎日の流れです。その中で街を観光したり、翌日のプランを立てたりします。一日歩く距離数やどの村まで行くかなど、全て自分次第。宿泊はアルベルゲと呼ばれる巡礼宿(ドミトリー様式)に泊まる人が多いです。フランス人の道では町にホテルがあるところも多く、ドミトリーが心配な人にも安心です。, アルベルゲでの自由な時間には共に歩く仲間たちと談笑したり、一緒にご飯を作ったり。それぞれの時間を楽しみます。, 私はスペインの名物でもあるバルに入ってスパニッシュオムレツを食べたり、スイーツ巡りをしたりしました。, サン=ジャン・ピエ・ド・ポーから始めると、初日はフランスとスペインにまたがるピレネー山脈を越えて行くルートを通ります。, 山道を歩くだけでも大変ですが、背中には自分の荷物もあり、ヘトヘトになりながら次の町を目指しました。歩いた時間はなんと11時間。フランス人の道で一番しんどいのは間違い無くこの初日ですが、眼下に広がるフランスの大地と、それを見ながら食べるお昼ご飯はとっても贅沢で最高ですよ!, 途中で出てくる大きな街・ログローニョを越えたあたりから、一面に小麦畑が広がる道を進みます。, 次の町まで伸びる一本道。フランス人の道を象徴する景色です。 サンティアゴは聖ヤコブの事。キリストの12弟子のひとりで実はイベリア半島に来たかどうかは定かではない。紀元後813年に星がきれいに瞬いていた夜スペインの北西の端でサンチアゴの遺体が発見された。そのサンチアゴとは聖ヤコブにとは誰なのかその言い伝えと歴史。 私は「サンティアゴに着くまでにどんな日々が待っているのだろう。サンティアゴに着いたらどんな自分になっているのだろう」と思いながら歩いていました。そのとき思い描いていたのは一人でのゴールでしたが、実際は旅の途中でできた仲間たちと一緒でした。「自分一人で考えていても仕方ないのかも!」と、気持ちが軽くなったことを覚えています。, 宗教や人種に関係なく、万人に開かれた道である巡礼路。絶景、美味しいご飯、そして支え合う仲間たち…たくさんの出会いがあって、素晴らしい旅ができました。いつもとは少し違う挑戦の旅で、素晴らしい日々を是非過ごしてください!ブエンカミーノ!(良い巡礼を!). スペイン 巡礼の道とは? イエス・キリストの12使徒の一人 聖ヤコブが眠るサンティアゴ・デ・コンポステーラ。 ローマ、エルサレムと並びキリスト教三大巡礼地のひとつと数えられています。 そこへ訪れ … In Hospedería San Martín Pinario you can enjoy the unforgettable experience of living in a XVIth century monastery. 午前11時頃からガリシア州の伝統衣装を身につけた人々がアラメダ通りから旧市街のオブラドイロ広場を目指して行進します。 広場に到着すると大聖堂のミサに出席し、守護聖人聖ヤコブに献花します。 午後には、 1. カミーノを歩くんだけど、出発直前になって10㎏近い荷物を背負って歩けるのか自信がない。 自分が実際にどのくらいのペースで歩けるのかも分からないから宿もちゃんと決めてない。 そんな状況で、荷物移送サービ ... スペイン巡礼前にユーロをどのくらい持っていこうかな?沢山の現金を持ち歩きたくないからクレジットカードをメインに使おう! と、考えているあなたはちょっと待ってください。   盗難の心配もあるの ... 銀の道を歩くのに地図がしっかりしていて手軽なガイドブックが欲しい。事前情報として、銀の道を歩くのにおすすめの時期やアルベルゲなど、実際に歩いた人からのアドバイスを聞きたいです。 というあなたの質問にお ... 初のスペイン巡礼に挑戦します。サンティアゴに無事到着したら、達成の思い出に巡礼証明書を頂きたいと思っています。しかし、サンティアゴの巡礼事務所の場所や現地でどんな流れを経て証明書を受け取れるのかがわか ... この記事では、フィステーラの道について詳しく紹介します。 フィステーラの道の行程 第1行程 サンティアゴ~ネグレイラ(21㎞) 第2行程 ネグレイラ~オルベイロア(33,4km) 第3行程 オルベイロ ... スペイン巡礼の銀の道を歩く最適な時期や便利な地図は?アルベルゲや緊急時の対応まで!, ガリシア州のセブレイロ峠に住む神父エリアス・ヴァリ―ニャが黄色の矢印を使ってカミーノの整備。, 同年にカミーノ・デ・サンティアゴ友の会の初会議が開催。巡礼パスポート『クレデンシャル』の発行が決定。, サンティアゴ(Santiago)は、イエス・キリストの12使徒のひとり「ヤコブ」のスペイン語名。, サンティアゴ・デ・コンポステーラの意味は『聖ヤコブの墓』だが現在でも専門家の中で議論されている。, 1993年の聖年にガリシア州政府がフランス人の道に大きな投資をして巡礼の人気が復活。. ライターをお気に入りに追加することができます。, サンティアゴ・デ・コンポステーラという場所をご存知ですか?スペインのガリシア地方(北西側)にある町で、エルサレム、ローマと並んでキリスト教の三大巡礼地となっている場所です。今回はフランスからサンティアゴに歩いて向かう巡礼の旅をご紹介します。, 巡礼者が目指す目的地であるサンティアゴには、キリスト12使徒(キリストの弟子たち)の一人・聖ヤコブを祀るサンティアゴ大聖堂があります。, その昔、スペインのガリシア地方で布教活動をしていた聖ヤコブ。イスラエルで殉教したのちにスペインで埋葬されましたが、その存在は知られずに長い月日が過ぎていきます。ある日、羊使いが空にひときわ輝く星を見つけ、その星について行くとそこには忘れられていた聖ヤコブのお墓がありました…ということから、この地が聖地となったと言われています。その後、サンティアゴ目指してヨーロッパ中のキリスト教信者が訪れるようになり、今日の巡礼に至ります。サンティアゴは「聖ヤコブ(Saint- Jacques)」、コンポステーラは「星の野原」を意味しています, ヨーロッパ中の人たちがサンティアゴに向かったため、巡礼路は各国からたくさん伸びています。中でも有名なのがフランスにあるサン=ジャン・ピエ・ド・ポーという小さな村から伸びる「フランス人の道」です。, フランス人の道の総距離は約800km、日数にすると1ヶ月超ほどかかります。1ヶ月も時間が取れないという人は、サンティアゴ100km手前の町・サリアから歩くのが主流となっており、5〜7泊ほどでサンティアゴに到着します。 実はサンティアゴ巡礼本を色々読み漁ってるのだが、どこかで、ヤコブの聖年には、何回かに一回は、さらに贖罪効果の高い大赦の年があるという記述を読んだ(ような気がする)。今、それがどこに書いてあるか思い出せない。 Copyright © 2012 前向きに楽しく生きる為にする事 All Rights Reserved. -ガリシア, サンティアゴ・デ・コンポステーラ, スペイン, スペイン巡礼, 留学, 観光. 聖ドミンゴ教会からキンター … Copyright © 2012 前向きに楽しく生きる為にする事 All Rights Reserved. ボナバル公園の聖ドミンゴ教会で伝統衣装のコンクール 2. ちなみに、サンティアゴというのは、 “聖ヤコブ” を意味する言葉 です。 【Q&A】キリスト教の聖地ってどこ? 宗派ごとに教えます【クリスチャンが答える】 ジーザス、エブリワン! 阪急交通社ツアー「お1人様参加限定:決定版ポルトガル8日間」-2020年1月13~20日, 今回はポルトガル旅行だけど、その前に北スペインから下っていくという旅程。まずは北スペインでも中世の頃からキリスト教徒達にとって重要な巡礼地であったサンティアゴ・デ・コンポステーラの街を訪れています。, このサンティアゴ・デ・コンポステーラの街では至る所に、この壁にもあるような帆立の貝殻マークを見る事が出来ます。こちらの貝殻マークは聖ヤコブのシンボルマークともなっていて、大聖堂にも刻まれています。, ここを訪れたのは1月で、観光シーズンではなかったので露店などは見かけなくて、店舗型のお土産店だけ。, こちらはチョコレート屋さん。女性陣はとてもこのお店に寄りたそうな顔をしていたけど、後で自由時間があるようなので訪れるならその時間にどうぞとの事。, こちらは補修工事中の足組の向こうに、この街でも人気スポットともなっているという”細い道”。, 約1000年にも渡って、ヨーロッパ中から多くの巡礼者が目指してきたこの街。街の至る所にはそんな旅を終えた巡礼者達を受け入れてきたホステルのような施設も多い。, ヨーロッパでは12月にだけ行われると思っていたクリスマスマーケットは、1月上旬まで開催されている。だからその後片付けがまだ済んでいないような電飾も見られる。, 朝は雨が降っていたけど、街歩きをする頃になると天気は回復していないけど、雨は降っていなかったのでラッキーである。, 観光シーズンではないので、あまりお土産屋さんも営業していないみたい。ちょっと寂しい街並みにも見えるけど、この時期だから街に人が少ないので逆に歩きやすかったりと快適な面もあるのだ。, しかしその公園は数日前にあった嵐の影響で、生えている大木が倒壊する可能性があったので、公園入口には黄色いテープが張られていて、入場規制されていた。, スペインではこのような、豚の足が丸ごと吊り下げられているお店をよく見かける。イベリア半島といえば、よく耳にするのはイベリコ豚。, こちらは通りの奥にサンティアゴ・デ・コンポステーラ大聖堂が見える、人気の通り。天気があまり良くなかったからか? シーズンオフだからか? それとも朝は弱い夜型のスペイン人だからか? この通りのお店で開いていたのは限られた数のお店だけだった。, サンティアゴ・デ・コンポステーラはスペイン:ガリシア州の州都でもある。人口は10万人前後とのこと。, そんな通りを総勢23人のツアー参加者さんと、それを率いる添乗員さん&現地ガイドさんと共に歩いていく。, こちらは入口横にある彫刻を見ると、帆立の貝殻にフォークが付いているので、レストランというのが一目で分かる。, こちらでは日本人団体のグループを見かけて、餌をバラ撒きに来たお菓子屋さんのオバサン。そしてそんな餌に群がるツアー参加者さん達。。, 勿論何でも口にして、実際に自分で確かめてみないと分からないので、ボクも餌に群がる事に。。, そんな餌はこんなクッキーでした。ちょっと硬めであまり甘くはなくて、そこそこの味わい。, 1985年に文化遺産として世界遺産に登録された、この「サンティアゴ・デ・コンポステーラの旧市街地」。昔ながらの街並みを綺麗に維持している街でもある。, ここは特に入場料も要らないようで、そのまま進んで行きます。奥には光が差し込んでいるようです。, こちらは今ではサンティアゴ・デ・コンポステーラ大学の図書館となっている建物。中庭にはその歴史を感じさせる木々や建物の汚れが見てとれます。, こちらは16世紀に造られた建物で、数百年の雨風を受けて建物の表面が浸食を受けているのが見える。, この建物はその時代によって使われ方が変わっていった歴史がある。学校だったり修道院だったり、ホステルだった場所。最後は大学機関になっていたので、今では大学図書館となっているのだ。, こちらは正面入り口から中庭に入ったら、必ず目が合う銅像。「アロンソ3世・フォンセカ(alonso de fonseca)」という人物の銅像で、サンティアゴ・デ・コンポステーラ大司教でもあった。こちらにあった大学の熱烈な支援者でもあったという。, ここからの眺めは中世の頃のサンティアゴ・デ・コンポステーラを彷彿とさせる光景である。, そしてそんな大学図書館の見学を終えた後に、外でツアー参加者さんが群がっていたのはブリキの置物?!, こちらは単なる置物ではなく、ヨーロッパの観光地ではよく設置されている記念コインの販売機。帽子を被って巡礼者の恰好をしている聖ヤコブの恰好に似ていた。, 次々にサンティアゴ・デ・コンポステーラの街を進んで行く。ただ先程から同じ辺りをグルグルと歩いているだけで、そんなに遠くへは行っていない。, こちらの建物沿いに設置されている標識は何を表しているのか? 学生たちに向けて「走ってはいけないよ!」という標識なのか? それとも「変な人に手を繋がれて連れて行かれそうになっても、付いて行ってはダメですよ!」という標識なんだろうか??, 本当にこの街は別名「貝殻の街」と言っても過言ではない位に、街の至る所に貝殻マークが施されている。, ここの天気は朝は雨だったけど、次第に雨もやみ、だんだんと雲が消えていき青空が垣間見えるようになってきた。, ここではこのサンティアゴ・デ・コンポステーラの街でも隠れた人気のお土産品が売られている場所だという。しかも一日の販売数は限られていて、売り切れる事が多いので早い来ないと手にできないという。そんな代物が修道院にあるのは何故かというと、この修道院の修道女達がそのお土産品を手作りで作っているからだという。, 「自分らしさを大事に生きたい」と会社員を辞め人生の放浪中。ブログの写真はスマホで撮影したものですが2019年10月旅行分から、Xperia-XZ1→galaxy-S10に切り替え。最近は人を笑顔にする事と海外旅行が大好きになりました!, 阪急交通社トラピックスのツアーで訪れた1月のポルトガル。まずは成田空港からイベリア航空でスペインに向かいます。, サンティアゴ・デ・コンポステーラ大聖堂周辺の広場を歩いてみる-ポルトガル旅行記-3, 修道院でクッキー購入後にサンティアゴ・デ・コンポステーラ大聖堂内を見学-ポルトガル旅行記-5, ミケーネ遺跡博物館でシュリーマンが発掘した”アガメムノンの黄金マスク”を眺める-ギリシャ旅行記23, ドゥッガ遺跡のトイレで踏ん張った後は、鷹を頭に載せて記念撮影-チュニジア旅行記28, サウジの王様達が造った高級リゾート地である”ポート・エル・カンタウィ”-チュニジア旅行記21, 【世界遺産】オシオス・ルカス修道院に入り、ギリシャ正教の雰囲気を味わう-ギリシャ旅行記10, ローマに到着後はまずレストランのテラス席で、美味しいイタリアンピザを食べる-イタリア旅行記26, パレスチナを隔てる分離壁、そんな壁にバンクシーが描く皮肉な絵とは?-イスラエル&ヨルダン旅行記26. こんな素敵な大地をバスや電車で通るのではなく、一歩一歩自分の足で歩いていくのは、旅の中でもあまり経験できないことです。激しいアップダウンをした後に小麦畑に出たときは、「今日はいよいよたどり着かないかも!」と思ったこともありました(笑), 教会に行ってブレッシング(巡礼者のミサ)に参加したり、道中の小さな教会で休憩させてもらったり、私たち日本人には少しだけ遠い宗教というものがどういうものかという勉強にもなりました。, 巡礼の日々は確かに過酷な一面もありますが、普通ならできない歩き旅をしてみるといろんな発見がいっぱいです。 聖ヤコブ使徒の祝日は7月25日です。ヤコブは、ガリラヤ湖で漁師をしていたゼベダイの息子で、共観福音書によれば、イエスの公生活の初めに、ペトロとアンデレのすぐ後に、兄弟ヨハネと共にイエスの弟子として招かれました(マタイ4・18─22など)。 イエスは、重要な出来事に際して、このヤコブを、ペトロ、ヨハネと共に連れていきまし... 阪急交通社トラピックスのツアーで訪れた1月のポルトガル。まずは成田空港からイベリア航空でスペインに向かいます。, 歓喜の丘から見えるサンティアゴ・デ・コンポステーラ大聖堂の景色は??-ポルトガル旅行記-2, ヒエラポリスにある、ローマ時代の遺構を足元に見ながら泳げる温泉プール-トルコ旅行記33, ウフィツィ美術館でルネッサンス期の傑作『ヴィーナスの誕生』などを鑑賞-イタリア旅行記17, ペトラ遺跡最奥にあるエド・ディルまで坂道をひたすら登る-イスラエル&ヨルダン旅行記16, グラナダと言えば、やっぱ【Los Tarantos】でフラメンコ・ショーでしょ!-スペイン旅行記㉛, 初めて来た子供達も興奮して遊んでしまう、エルジェムの円形闘技場-チュニジア旅行記16, イスタンブールで海沿いのレストランで夕食を食べ、郊外のホリデーインに宿泊-トルコ旅行記12. キリストの死後、12使徒は色んな国でキリスト教の布教活動を行いますが、 聖ヤコブが派遣されたのはスペイン(当時スペインという国は存在していませんが)と伝えらえています。 サンティアゴは「聖ヤコブ(Saint- Jacques)」、コンポステーラは「星の野原」を意味しています フランス人の道 ヨーロッパ中の人たちがサンティアゴに向かったため、巡礼路は各国からたくさん伸びて … 阪急交通社ツアー「お1人様参加限定:決定版ポルトガル8日間」-2020年1月13~20日, ここはまだポルトガルではなく、北スペインでキリスト教徒の巡礼地として昔から人気のあるサンティアゴ・デ・コンポステーラ。この街の中心部にキリストの弟子であり、12使徒の1人である聖ヤコブのお墓があるというサンティアゴ・デ・コンポステーラ大聖堂があります。12世紀から多くの巡礼者を惹きつけて止まない場所となっているようです。, さて近くの駐車場でバスを降りて、ここからは徒歩で大聖堂へ向かいます。ポルトガルはヨーロッパの中でも第一次&二次世界大戦で街を破壊される事が殆どなかったので、昔ながらの街並みを残しています。, 第一次世界大戦では連合国側に付き、第二次世界大戦では中立の立場を取ったポルトガル。しかし外敵からの攻撃よりも、自国内での混乱やインフレと強権政治の影響で自滅し、その後はヨーロッパ内で「最貧の国」とも呼ばれる位に落ちぶれてしまったのである。その為にポルトガル人はヨーロッパ内でも下に見られる傾向がまだ続いているという。, こちらは17~18世紀頃に建てられたとされている、フランシスコ派の教会。フランシスコ派というと、”アッシジの聖フランシスコ”として12~13世紀に生きた聖人が創設したキリスト教の一派である。教会ファザードの正面にある像は、勿論聖フランシスコである。, 日本人は「聖フランシスコ」と聞くと、真っ先に「フランシコス・ザビエル」を思い浮かべると思う。サビエルも列聖されていて、今では「聖フランシコス・ザビエル」と呼ばれるが、そのザビエルではなくその前のフランシスコである。, ”アッシジの聖フランシスコ”が創立したフランシスコ派の考えとしては、貧しい暮らしと禁欲を貫き、住居や食料は基本的に持たずに全て喜捨で賄ったとされている。ちなみにこれは同時期に創立されたドミニコ会も同じだそうだ。, ただそんな教会には全然触れずに、先を進むツアー参加者さん達。これから向かう大聖堂だけが、観光客にとって見る価値があるかの如く。。, 大聖堂に向かって歩いている道の右手にあった、大きな建物はサンティアゴ・デ・コンポステーラ大学の医学部。, 遠くから見たら分からなかったけど、店の前を通るとお土産屋さんと分かるお店が多かった。ただ売られていたTシャツは生地が薄かったりと、品質はあまり良くなかった。, 古くからヨーロッパでは、”キリスト教の三大聖地”の1つであったサンティアゴ・デ・コンポステーラの街。ちなみに残る2つはエルサレムとローマである。, そして歩いている先に広場が急に広がった。こちらはオブラドイロ広場と呼ばれる場所で、サンティアゴ大聖堂の石切りの作業場があった所。ちなみにオブラドイロとは、古ポルトガル語でもあるガリシア語で「石切の作業場」の意味だという。, そのオブラドイロ広場に辿り着いて、左側を見ると大きく沢山の彫刻が飾られたファザードが見えた。この神々しさで荘厳な雰囲気のある建物が、1075~1211年に渡って造られた「サンティアゴ・デ・コンポステーラ大聖堂」(Catedral de Santiago de Compostela)である。, この大聖堂は、キリストの弟子である”聖ヤコブ”(St. Jacob)の遺骨とされる物が祀られている建物。9世紀頃にこの付近で聖ヤコブの遺骨が偶然(天からの導き?)発見されたという。元々あった教会にその知らせを聞いた巡礼者があまりにも多く訪れてきた為に、手狭になった教会の代わりにロマネスク様式の大聖堂の建設を始めた。そして今現在正面に見えるこちらの面は「オブラドイロのファザート」と呼ばれ、”栄光の門”という正面扉のそれ以上の劣化を防ぐ為に1738年にバロック様式のファザードがそれまでの建物に被せられるように造られた。, 正面真ん中の塔の上には、巡礼服を着た聖ヤコブの像が飾られている。この聖ヤコブは西暦44年にエルサレムでヘロデ王の指示で斬首の刑に処されて亡くなった。そんなヤコブの遺体はその後弟子の2人の手によって、エルサレムから遥か遠いこの北スペインの地に運ばれたという。そんなヤコブの遺骨が約800年後、ちょうどイスラム教徒をイベリア半島から追い出す為のキリスト教徒による”レコンキスタ(国土回復運動)”の真っ最中に発見された。, イスラム教徒と激戦を繰り広げていたキリスト教徒達はそんな聖ヤコブの遺骨発見を勇気に変え、見事イベリア半島からイスラム教徒を追放する事に成功する。それもあってスペインでは聖ヤコブは守護聖人となっている。, ただキリスト教徒以外からすると、約800年前の遺体がたまたま見つかるなんて、なんて都合のいい話なんだろうと思ってしまう。そしてそんな聖ヤコブの遺骨は16世紀にイギリスの海賊ドレイクによる略奪を恐れて、遺骨を隠す事にした。しかしその後、聖ヤコブの遺骨が発見されたのは遺骨を隠してから約300年後の1879年頃だったという。, 800年の空白を経て発見されたものが、また後世の時代に300年の空白を経て発見された。しかもそんな骨を聖ヤコブのものと断定したバチカンは、勿論その当時DNA鑑定などという技術も持っていないので、何をもって認定したのだろう。元々金さえ払えば免罪符を与えて、人々の罪を許していたカトリック。その信憑性には疑問符しか沸いてこないのであるが。。, こちらはそんな大聖堂の反対側にある、18世紀に造られたラジョイ宮殿。元々は神学校として造られたもの。, 新古典主義のスタイルで建てられた建物で、市庁舎として使われたり、その時一部は刑務所としても使われたり、このガリシア地区の大統領の官邸でもあったという場所。, 広場の北側には「パラドール・デ・サンティアゴ・デ・コンポステーラ」という、15世紀に建てられた建物を改装した五つ星ホテルと今はなっています。建てられた当時から、遠くから長い時間を掛けてやって来た巡礼者を宿泊させるホステル的な所として利用されていて、そんな人達の病院的役割もあった。このパラドールと呼ばれるホテルチェーンはスペイン圏で、古い歴史のある宮殿などの建物を改装して高級ホテルを経営している。, そして再び大聖堂を望む。実際にここに安置されているのが聖ヤコブかどうかは別にして、この立派な造りのファザードが聖ヤコブがここにあるという雰囲気を醸し出している。, この正面ファザードの内側には「栄光の門」と呼ばれる、聖人などが沢山彫られた彫刻などが飾られた場所があるけど、現在では改装によってこの外壁がある為に残念ながら見る事が出来ない。。, 大聖堂は西側に正面ファザードが造られているが、これは神を象徴する”光”が主に当たる場所だからである。, 美術館や市庁舎のような外観のホテル。ただ見た目だけでは絶対ホテルとは分からない外観・・・。, こちらは大聖堂の横に建てられている、サンティアゴ・デ・コンポステーラ大司教区。補修工事中のようで、足場が組まれていた。, こちらの大きな建物は、サン・パイオ・デ・アンテアルターレス修道院(Convento de San Paio de Antealtares)の背面部分。とても大きな修道院である。, この広場は「キンタナ広場(Praza da Quintana)」と呼ばれる場所で、サンティアゴ・デ・コンポステーラの裏側に位置する。, そして奥にある、こちらの建物もホテル。この大聖堂の周辺は修道士と巡礼者の為の建物が多いようだ。, このキンタナ広場側にもファザードがあり、反対側の正面ファザードとは違う雰囲気を持っている。, このキンタナ広場は墓地として使われていたが、1611年に整備されてこのような場所に生まれ変わった。こちらに見える「大時計の塔」は72メートルの高さで、15世紀に造られた。その後17世紀に改築されて今の形に至る。なおこの塔の中にある鐘はルイ11世から贈られたものであるが、現在は大聖堂内に保管されている。, こちら側の入口は「聖なる門」と呼ばれていて、カトリックで聖ヤコブの記念日とされている7月25日が日曜日に当たる”聖ヤコブ大祭年”の期間中にだけ開けられるという。, そんな聖なる門の横には使徒や預言者、または旧約聖書の登場人物などの彫刻などが飾られている。ただし素人にとってはどれが誰かを見分ける事は困難だけど・・・。, そんな聖なる門の上に陣取る彫刻の真ん中は、皆さんご存知の聖ヤコブ。その両脇を固めるのは彼の弟子の2人で、左側はアタナシウスで右はテオドロで彼らがヤコブの遺骨をこの地方へ運んできたとされている。なお、こちらの彫刻は1694年に造られた物だそうだ。, この辺りは昔、銀細工職人が集まっていた場所で手前の馬の形をした噴水は1825年に造られたもの。, そしてその先へ伸びている、この中世の雰囲気を残した道を歩いて行きます。こんなあまり広くない道だが向かいからは車が走ってくる。, 多くの巡礼者を受け入れてきた街並み。その巡礼者達を宿泊させてあげていた建物には、帆立の貝柱マークが入口に彫られているという。, 約2000年前に死んだ、1人の聖人の影響で北スペインで1大都市となったサンティアゴ・デ・コンポステーラの街。, 「自分らしさを大事に生きたい」と会社員を辞め人生の放浪中。ブログの写真はスマホで撮影したものですが2019年10月旅行分から、Xperia-XZ1→galaxy-S10に切り替え。最近は人を笑顔にする事と海外旅行が大好きになりました!, Parador de Santiago de Compostela | Paradores de Turismo.

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